日本を代表するSF作家、
小松左京(1931年-2011年)
の波乱に満ちた生涯を、
漫画家時代から『日本沈没』の大ヒット、
万博プロデューサーとしての活躍まで
詳しく解説している動画です。
少年時代と原体験
戦争と終戦
14歳で終戦を迎え、
軍国主義から民主主義へと
一夜にして手のひらを返す
大人たちの姿を目の当たりにします。
この「社会が根底から覆る」体験が、
後のSF創作の原点となりました。
漫画家・森みのる
学生時代は「森みのる」名義で
漫画家として活動。
手塚治虫が
「すごい新人が現れた」
と認めるほどの才能でしたが、
手塚の圧倒的な画力を前に
漫画の道を断念しました。
SF作家としての台頭
プロデビュー
1962年に『駅前奮闘記』でデビュー。
星新一、小松左京、筒井康隆の
「SF御三家」として、
日本SFの黄金時代を築きます。
壮大なスケールの作品群
『復活の日』
生物兵器により人類が絶滅の危機に瀕する物語。
『日本沈没』
9年の歳月をかけて執筆。
1973年に上下巻で400万部を超える空前のベストセラーとなり、
社会現象を巻き起こしました。
多才な活動:万博と知識人
大阪万博(1970年)
サブプロデューサーとして、
岡本太郎と共に
「太陽の塔」
の地下展示などを担当。
人類の進歩と調和をテーマに、
過酷な現場を支えました。
知的巨人
単なる小説家の枠を超え、
未来学や文明論を語る
知識人としても活躍。
「阿刀田高、立花隆、宮崎駿を
足して3で割らない」
と評されるほどの
博識とエネルギーの持ち主でした。
晩年と災害への向き合い
阪神・淡路大震災(1995年)
自身の想像力で描いてきた災害が現実となり、
深いショックからうつ病を患いますが、
後に取材を重ねて記録を残しました。
最期まで
2011年の東日本大震災の際も、
病床から
「日本と日本人を信じている」
という希望のメッセージを送り続けました。
同年7月、80歳で逝去。
結論
小松左京は、
SFという形式を借りて
「宇宙における人類の意味」や
「文明の行方」を問い続けた、
戦後日本を代表する知の巨人でした。